『偵察隊出撃前の風景』 出撃。 心臓が痛いほどに跳ねている。 手足が自分の意思とは関係なく震えてくる。 顔だけでも平気な振りをしていないと全てが押しつぶされそうだった。 ―――何てことは無いんだけど。 月「出撃かぁ……。」 あまり実感が沸いて来ないと言うのが本音だったり。 一人部屋の片隅に座り、何をするでもなく窓から見える月を見上げていた。 もちろん、空に浮かぶ月を。 別段殺し合いをしに行く訳でもない、と言う考えは甘いだろうか。 見ただけで死ぬと言われても、本当なのかと疑ってしまう気持ちのほうが強かった。 もちろん嘘じゃない、本当の事なんだと思う。 それは―――私を迎え入れてくれたこの国の人々の表情が物語っていた。 まぁでも、どんなことがあろうと生きて帰らなければいけない理由もできた。 じゃないとクレージュ君に怒られそうですし。 そんでもって守ってあげないといけませんね。 私が死ぬよりも彼が死ぬほうが悲しむ人が多いですから。 何て事を思いつつ、今夜の綺麗な月を見上げていた。 嬉しい時、哀しいとき、楽しい時、生まれた時も、何かあるごとに月を見上げてきた。 この時はまだ自分の気持ちがわからなかった。 越前藩国越前城城内。 指令を出した藩王セントラル越前は、苦虫を噛み潰した様な顔をしていた。 まるで自分が死地に赴くほうがまだマシだと、そう言いたげな表情だった。 その他招集された面々も同じような表情だった。 何故年端もいかぬこの子達が狩り出されねばならないのかと言い出した人もいた。 ただ、月からすればそれが素直に嬉しかった。 不謹慎なのだろうと思う、だけど本当に嬉しかった。 月には家族も、友も、知り合いすら居なかった。 記憶喪失、よく知られた名前を借りるとそう言うことらしい。 月という名前ですら本名ではない、言わば自分で勝手につけた呼び名である。 それが今ではこの国に拾われて、生かされて、仲間や友が出来た。 今は家族と呼べる人々に出会った。 そんな人達が本気で、見ず知らずの他人であった私を心から心配してくれている。 幸せだと思った。 怖くないわけはない、緊張しないわけもない、でも嬉しかった。 私のことをこうまで思ってくれる人たちの為に頑張れる、共に戦える。 それは、何て幸せなことだろうか。 暗い空気が充満する城内で一人だけ、月は込み上げて来る歓びを抑えることに精一杯だった。 浮きそうな尻尾と立ちそうな耳は中々の強敵だ。 藩王の御前から下がった月は、共に出撃する予定の他の三人の表情を盗み見た。 三者三様の表情、しかしその中には誰しも緊張の色が見て取れた。 流石に何度か出撃している二人、S山崎と刀岐乃は緊張しつつも凛々しいとさえ思えるほど引き締まった表情だった。 ただ一人、クレージュだけはガッチガチでガッタガタで壊れた人形のようだった。 確かに、死ぬかもしれない任務であり、しかもまだ二度目の出撃である。 同じ回数、同じ状況での出撃にもかかわらずこうならないこちら恐怖心が馬鹿なのか……そんなことはどうでもいいか。 とりあえず、ほとんど同期とも言っていい彼の所には後で遊びにいくことにしよう。 年も近いし結構仲もいいし、むしろそうじゃなくても放っておけないし。 クレージュ君『で』遊ぶなんてことは決して…………………。 コンコン。 木で出来た引き戸を軽くノック。 果たしてここにはクレージュ君が居るわけは無い。 そうですとも、クレージュ君『で』遊ぶなんて事は決して。 ?「は、はひぃ!!」 中からは緊張と恐怖の入り混じった声が聴こえてきた。 カラカラカラカラ。 引き戸特有の軽快な音を立てて横にスライドさせながら、中に居たクレージュに声をかける。 月「来ちゃった♪(恋人風)」 クレージュ「月さま〜!」 月「ゲフッ!」 クレージュの突進攻撃に耐えきれず月はその場に倒れ伏した。 いや、死ぬには早いよ、まだ出撃前出撃前。 月「相変わらずいい突進……むしろ威力が日々増しているような……。」 クレージュ「ご、ごめんなしゃい……しゅん。」 月「ゴプッ(吐血)ははは、いいんですよ。気を許した人にしかこういう事しないの知ってますから。」 ナデナデ。 もうクセみたいになったクレージュを撫でる行動。 垂れていた尻尾がパタパタと少しずつ左右に揺れていく。 まぁ、藩王様が撫でるほうがもっと機嫌がいいんですけどね。 今一番辛い人にそんな余裕があればですけれど。 クレージュ「そう言えば、何か御用ですか?」 月「そうなんです、クレージュ君が緊張でガッチガチのガッタガタですから遊びに来ました。」 クレージュ「はぅ〜! ど、どうしてそれを!?」 今度は尻尾と耳がピーンと立ち上がった。 素直な反応が可愛くて、可笑しい。 初めて彼と会ったときもそんな感じだったと、思わず顔が綻んだ。 月「クレージュ君は隠し事が出来ないイイ子と言うことです。」 月はクレージュに覆いかぶさるようにして頭をわしゃわしゃと撫でまくる。 さらさらの髪の毛が指に絡まることも無く通って行く、実に撫で心地がいい。 クレージュ「わふ〜♪」 そうやって撫でているとまた尻尾がパタパタと揺れ、喜んでます度全開の様がありありと判る。 嗚呼、何て判りやすいんだなどと思いつつしばらくわしゃわしゃ。 月「明日ですね。」 ふと手を止めて呟いた。 ビクビクと、クレージュの身体が震える。 明日―――2度目となる出撃の日 明日―――皆と会えなくなるかもしれない日。 明日―――死ぬかもしれない日。 パタパタと揺れていた尻尾はうな垂れ、嬉しそうだった表情は次第に沈んだものへと変わっていく。 クレージュ「皆のお役に立ちたいけど……やっぱり怖いです……。」 月「そうですか。」 クレージュ「皆と会えなくなるの嫌です……。」 月「クレージュ君は人気者ですからね。」 クレージュ「月さまは平気なんですか……?」 月「どうでしょうねぇ……私は元々死んでいるようなものだから。私が死ねば敵が見つかった証拠です、それは喜ばし――――」 クレージュ「ダメです!!」 月の言葉が終わらぬうちにクレージュは叫んでいた。 ギュッと、痛いほどに強く月の身体を抱きしめて。 クレージュ「死んじゃダメです! 皆一緒です! 行く時だって帰る時だってその後だってずっとずっと皆一緒です!!」 叫びながらクレージュは涙を流していた。 月からはクレージュの顔を見ることは出来ないが、胸元の濡れた感触がクレージュの涙を教えてくれた。 月「…………そうですね、私もそれがいいです。」 少しの沈黙の後、月はそう答えた。 まだ数ヶ月しか経っていないこの国での生活。 たった数ヶ月だけれど、思い返してみればたくさん思い出がある事に気づいた。 本当はまたこの国で暮らしたい。 皆と笑い合って生きていたい。 クレージュ「それじゃあ―――」 月「んむ?」 クレージュ「それじゃあ約束です。帰ってきたら絶対またナデナデしてくださいね。」 たった今まで泣いていたかと思うと、クレージュは顔を上げていきなりそんなことを言い出した。 月「―――ぷっ、あはははは。」 思わず吹きだしてしまう月。 そうとも、こんなことを言われて笑わずには居られない。 クレージュ「!? わ、笑うなんて酷いんですよ〜!!」 プンプンとポカポカなんて擬音が似合いそうな感じでクレージュが手足をじたばたさせ、月を叩きまくる。 実際そんなに強くは無いが少し痛い。 月「いたた、すいません。帰ってきてまたナデナデってところがクレージュ君らしいなとか思ったらつい、ね。」 クレージュ「わふ〜、ダメですか……?」 しょぼーんと、今度は打って変わって悲しそうに上目遣い。 この表情の変化を見てるだけでも楽しい。 月「いいえ、喜んで引き受けますよ。でもそれは藩王様の役目でしょう?」 クレージュ「じゃあ月さまも今から特別にナデナデ係に任命です。重要な役目だから途中でやめちゃうのは絶対ダメですよ?」 月「光栄です、藩王様に負けないように頑張らせていただきます。」 ナデナデ。 クレージュ「わふ〜♪」 現在クレージュと月が居る寮の前をうろつく影が一つ。 格好など、そこはかとなく怪しいが――― セントラル越前「ふむ、余が出るまでも無かったか。」 その人こそ藩王セントラル越前であった。 ガッチガチでガッタガタなのは判っていた、なればこそ余はクレージュを激励すべきかと思っていたが。 これでは入り込む余地もあるまい。 帰ってきたら嫌というほど撫でて可愛がってやることにしよう。 天道「藩王、なにやってんだおめー?」 何処からか現れた天道が藩王をニヤニヤしながら突付く。 からかっている様な、じゃない、まるっきりからかっている表情で。 セントラル越前「何でも無いわ阿呆。」 藩王は照れた顔を隠す為にそっぽを向くと、城への帰路へと着いた。 専属ではなくなり、少しだけ手の辺りが寂しくなるのうなどと思いつつ。 巣立つ子を持つ親と言うのはこのような気持ちなのじゃろうか。 出撃当日、城内は人で溢れていた。 セントラル越前「余の心、言わずともわかってお―――」 と藩王が言いかけた所で、御前に整列したメンバーからは当たり前のような声が返って来た。 S山崎「言われるまでもなく藩王の心中は知っておりますよ。」 刀岐乃「もちろんです、すぐに済ませて戻ってきます。」 クレージュ「おやかたさまを悲しませることだけはしません!」 皆藩王の言わんとすることなど知っていると、我先にと言葉を発した。 途端周囲の雰囲気は明るく、笑みすらこぼれる雰囲気となった。 しかし、その和やかな雰囲気をぶち壊すようなことを月は言い始めた。 月「……私は死んでもいいと思っておりました。」 先ほどまでの雰囲気とは一転し、ざわめきだす人々。 当然だ、皆が生きるといっている中、一人だけ死んでもかまわないと告げたのだから。 セントラル越前「して、その先は? 申してみよ。」 藩王だけは慌てず騒がず、先があるということを見抜き、促した。 流石と言えばそうなのかも知れない、そうでなくては一国を支えることなど到底できようもない。 月「私は皆さん知っての通り身よりも無く、一言で言ってしまえば怪しい者です。そんな私をこの国に置き、あまつさえ生活させていただくことに多大なる恩義を感じています。ですから、私は皆様のために死ねるのであればそれもまた良しと考えました。」 そこで一旦区切る。 誰一人として言葉を発する者は居ない。 ただ静かに次の言葉を待っている。 月「―――ただ、ちょっと重大な役目を引き受けてしまいまして、その役目を全うする為に戻って来ようかと思っております。」 セントラル越前「左様か。その愛国心や良し、しかし死んではならん。死は悲しみはこそ生みだすが功績は生まれぬ。そちはこの国で暮らし始めた折すでに我らが家族じゃ。家族を悲しませることだけはならぬ。そして、その役目とやら余は存ぜぬが立派に全うして見せよ。」 月「……ありがとうございます。」 目から零れる涙は気のせいではないだろう。 初めて死にたくないと思えた、初めて生きていたいと思えた。 生きる意味が見つかった。 ならばそれを守る為に、精一杯突き進もう。 セントラル越前「では行ってまいれ。……くれぐれも死ぬでないぞ……。」 その声を合図に、四人は死地へと足を向けた。 生きて帰るという信念を持って。 空は蒼く晴れ渡り、太陽の光がさんさんと降り注ぐ。 そんな天気の祝福を受けながら、四人は目的地へと歩き出した。 途中、月は少し国の敷地を出た所で立ち止まり、後ろを振り返った。 他の三人にはすぐに追いつくと言ってある。 月「さて、生きて戻ることは確定事項です、さっさと終わらせて戻るとしましょう。」 重大な任務もあることですし。 誰にも聞こえることなどないように、自分にだけ言い聞かせるように。 生きていく意味が見つかった両足は、意外なほどに軽くなっていた。 昨日の夜に抱いた感情は捨てることにした、月は穏やかに皆さんを照らすことを喜びとして生きて行きましょう。 空を見上げる、月が出るのはまだまだ先だ。 生きる意味が見つかるということはこんなにも楽しいことらしい。 知らず月を待ちわびている自分に気づいた。 きっと次に見上げる月は、今迄で一番美しい輝きで月を照らしてくれるに違いない。