になし藩炎上  山がちなになし藩国は炎に包まれていた。所々から聞こえるのは銃声、悲鳴。薄く立ち上る煙。一体どのくらいの悲劇が繰り広げられているのだろうか。黒髪の女性、Wishはその光景を崖の上からじっと見ていた。  「これが国が崩れる様か。」  ぽつりと呟く。表情は硬く厳しい。  「ふむ、負け戦の匂いだ。なんとも心が躍る。面白くなってきたじゃないか?さぁ、反撃だ。いつものように叫んでやれ『そうはさせねぇ』とな。」  傍らのS山崎が答える。彼女とWishはともに戦場を駆けめぐっていた仲だ。  「ああ、そうだな。……作戦開始だ。行こう。」 ……時は遡る。  その日の午前中まではいつもの越前藩国だった。政庁ビルには理族を初めとする官吏が忙しく仕事をして、会議をしている。情報収集、分析を担当をするWishも当然ながら政庁ビルに詰め、城と呼ばれる藩王邸を往復していた。  事態が動いたのは午後に入ったばかりの頃。優秀な戌士のRANKが非常呼集をかけたのだ。  『全ての吏族、文族、技族、大族に告げます。警戒度が最高になりました。これより非常態勢に入ります。緊急マニュアルに従い配置について下さい。繰り返します、全ての吏族、文族、技族、大族に告げます。警戒度が最高になりました。これより非常態勢に入ります……』  一瞬政庁ビル全体が静まりかえった。しかし次の瞬間今までの仕事を放棄、緊急マニュアルに従い持ち場を変えていく。警戒度は今まで通常だったはず。これが最高に跳ね上がるのはただ一つ。この藩国が侵略されたのだ。Wishも執務室から飛び出て作戦司令室に入った。  「どうしたの?一体。」  中は既に怒号と喧噪に包まれていた。  「食糧計算急げ!」  「武器の調達は?」  「ワンダック崩壊した!調達計画ができない!」  「地図!現地の地図を早く用意をしろ!」    だれもWishの言葉を聞いていない。いや、聞けないのだ。Wishはふと隅に佇む黒衣の男に近寄る。  「佐倉さん、これは一体どういう事。」  「おお、これは麗しきなるお嬢さま。我らの姫君が悪漢に襲われたのでありますよ。」  芝居がかった大仰な仕草。仮面越しに彼がこの事態を楽しんでいるのが分かる。  「つまり、姫が襲われたのね。姫……まさかポチ王女様?!」  「いかにも。」  「たしかポチ王女様はになし藩国へ巡幸に行っていたはず。まさかになし藩国に襲撃者が?しかしになし藩国はポチ王女様が幼少のみぎり過ごされた土地のはず。そんな藩国に襲撃者が混じるとは。」  「しかもになし藩王国にゲートが開きましてね。そこから根源種族の大軍が押し寄せたとの話しです。」  「やられたわね。きっと襲撃者も根源種族の手の者でしょう。」  事実は全くの逆なのだが今のWishらには分からぬ事である。そこへ一人の人物が現れた。小柄の男の子、クレージュである。  「ああ、Wishさま、佐倉さま。此処にいましたか。お館様がお呼びです。」  クレージュは刀岐乃とともに藩王付きとして雑事をしている。  「わかったわ。今から行きます。藩王様は城にいるの?」  「はい。」  Wishと佐倉はそのまま直接藩王邸に向かった。  藩王邸には既に重臣達が集結していた。藩王は重臣達を見やると口を開く  「みんな、聞いての通りだ。本日巡幸中の我が妹、ポチ王女が謎の襲撃者に襲われ今現在生死不明。さらに根源種族も現れた。我ら越前は妹、ポチの救助に全力を注ぐ、良いな!」  「ハ!」  その後、越前軍は緊急出撃態勢に入った輸送機に搭乗。になし藩国にすぐさま到着した。  になし藩国はもう既に火の海に包まれたいた。越前軍は飛行場から直接城に向かったが既に間に合わない。ポチ王女には必要な薬品を渡したが間に合ったがどうか。  「妹を助けずして何が……!」  越前の鋼鉄の拳がになし城の壁をえぐる。完全に八つ当たりだがだれもそれを咎めるものはいない。どちらにせよポチに対し越前のだれもができることはなかった。ならそうそうに帰還するしかないのだが、問題は帰還だった。  「敵、多数出現、さらに増殖中!」  このあいだ家臣団に編入したばかりの高砂と呼ばれる吏族の女性が叫ぶ。彼女を含む数人で周囲の警戒を行っていたのだ。  「敵の数は?形状は?武装は?」  藩王のすぐそばに控えていた黒埼が次々と質問を飛ばす。その答えは簡潔だった。  「次々言われても分かるか!質問するのなら纏めてから言え!!」  「分かるかってあなたが見てきたんでしょう!」  「ああ、見てきたさ。数は不明!数え切れない!形状も様々、個体事に違っている!武装も同じく!どうだ、満足したか!」  「お前な、言い方って言うものが!」  「二人とも静まれ。」  静かな、それでいて威圧した声が周囲を制圧する。越前藩国摂政、天道だ。彼は元々サイボーグ剣士で戦闘行動における責任を背負っている。そして二人のやりとりを静かにみていた藩王が口を開いた。  「高砂、手薄なのはどっち方面だった?」  「はい、私から見て北方面かと。」  「北か、だれか地図を。」  すっと藩王付きである刀岐乃が地図を差し出す。それをその場にいる全員がのぞき込んだ。  「北には……山が続いていますね。」  「どうやらになし藩国は此処、宮廷よりも南に開発が進んでいるようです。」  「敵は南部に展開しているになしの藩国民や味方軍によって引きつけられていると思われます。」  報告を聞いていた藩王が口を開いた  「佐倉、黒埼。両者に告ぐ。二人の智恵を振り絞り我が藩士全員が脱出できる策を練り、献上をしろ。」  日頃のんびりしている藩王の絶対的な命令。二人はしばし考えると口を開いた。  「恐れながら、まず脱出するためには移動手段の確保が必要かと思われます。そこでまず到達するべきはこちらのI=D基地兼飛行場。こちらにある軍用機を持って脱出します。」  黒埼が指で示しながら説明をする。  「通常の経路は城から地下施設跡の横を通り過ぎテーマパーク、軍事施設、I=D基地兼飛行場のルートをとりますが、おそらくこのルートは戦闘地域の横切ることになります。」  「なるほど、たしかに。ではどうする。」  次は佐倉の番だった。  「何、道がなければ自ら道を造ればよいのです。この城を北に脱出し府利歩智岳を北西に縦断。直通ルートを取ります。I=Dがいればできない作戦でしたが、何、私達は幸いにも徒歩の軍隊。この手の縦走作戦はもっとも得意とするところでございます。」  佐倉が自信を持って言い放つ。それに反論したのは天道だった。  「敵が攻めてきたときはどうする。」  「何、そのときこそ私達にとって絶好の好機。敵は巨体なる体をもてあまし山岳では中々身動きが取りづらい上、私達は歩兵故小回りが利きます。この手の山岳戦ではいかに身動きが良く取れ選るかにかかっております。」  藩王は二人の作戦を聞いて頷いた。  「良し、その作戦で行こう。諸君、町中で犬が吼えるときそれは辻に死の女神、ヘカテが立つからだと言われる。今、このになし中が犬の吠え声で満たされている。我々はヘカテとなりて一矢報いようではないか。」  「ハッ!」  「越前藩王として各自に命令する。必ずや生きて帰還をすること。そのためにあらゆる努力を惜しむな。以上だ!」  「了解!」  かくして行動は開始された。後にこの行軍は後にWishは『もっとも辛い撤退戦の一つ』と述懐をする。になしの道なき道を進み、何時どこで襲われるか分からないので警戒は怠れない。自然と歩むスピードは遅くなるが、遅すぎると国家の崩壊に巻き込まれかねない。全員に多大なストレスがかかる。ただでさえ越前の戌士達はストレスに弱く、薬を常用している。Wishの持っていた精神安定用の薬剤は見る間に減っていった。  そこで背後の警戒をしていた月が声を上げた  「敵、発見。右手が機械の鳥足野郎!」  吼えるような声。その声に藩王の決断は素早かった。  「全員、近くのブッシュに隠れろ。敵をやり過ごす。」  命令には素早く従う。犬の特徴として従順さにあるのだ。敵は一体のみ。見るからに奇怪な姿だった。全長は10メートルぐらいであろうか。右腕以外のっぺりとしたゴム状の皮膚に覆われ顔に相当する部分に二つの小さな穴が開いている。おそらくそこが感覚器であろうとWishは思った。足はたしかに鳥足。鋭い爪が山の小石を踏み砕く。そして肝心の右手は巨大な義手で杭打ち機を握りしめている。まるで悪酔いしたときに出てくる悪夢そのものだった。  敵は隠れた地点で探すように顔らしき部分を左右に向けた後去っていった。  しばらく隠れた後戻ってこないことを確認すると方向を変えて進軍を再開。だが30分もすると同じ敵がやってくるのを視認。再び隠れる。  「どうやら敵は俺たちをつけねらっているな。」  ゆるがだれともなく声をかけた。普段のんびりしているゆるには珍しく苦渋に満ちた声。この苦闘の撤退戦で彼からも余裕を奪っていった。  「どうする、藩王。」  天道が越前を見る。越前はしばしの一瞬の逡巡の後Wishをみた。  「Wish、地図を。ここらで罠を張れる場所を探す。」  「はい、此処に」  地図の管理はWishに一任されていた。大きく広げることはできないがそれでも周辺を見れるように適度に織り込んだ地図が素早く出てくる。  見張りの戌士達以外の要員が地図をのぞき込む。  「あの敵は鳥足型だから速度は速いだろう、捕捉されたら一気に詰められる。」  「敵の全長は10メートルそこそこ。いくら鉄腕剣士でも真っ正面から戦っては撃破できない。」  「あの右腕は強力そうだな。あの巨体で振り下ろされたら一撃で死亡は確実だ。」  次々と意見が出る。黒埼が顔を上げた。  「今まで出た言葉を纏めるといくら我々でも真っ正面からの撃破は無理と言うことになります。自然の力を借りた罠を適用するべきかと。」  「ふむ、たしかに。ではどうする。」  「此処は山岳地帯。岩を落としてみれば如何でしょう。上手くやれば山津波を誘発できます。さらに斜面に誘い込めば敵のスピードを殺すことができます。」  藩王はこくっと頷く。  「良し、基本路線はそれにしよう。……ガロウ。地脈の流れを掴め。刀岐乃、クレージュ。周囲を探り落石に適した土地を探し出せ。Wish、最適な場所を地図の上から推察せよ。」  「了解!」  それぞれが命令された事を全力で当たる。やがて全ての条件に適した場所が確定した。北部山腹にある落石を誘発させやすい地盤の緩い斜面。  「良し、此処に敵を誘い込む。……囮に出たい奴は名乗りを上げろ。」  藩王は全員の顔を見る。やがてぱらぱらと手を挙げた。藩王はそのメンツを見て決断を下す。  「天道、黒埼、Wish、RANK、刀岐乃、山崎。……大変危険な役だが……頼むぞ。」  作戦は簡単だった。崖の上から岩を落として敵(この時点でチルと呼称が決定)にぶつける。その過程で発生した山津波にチルを巻き込み生き埋めにして一気に戦線を離脱をする。  この作戦に必要なのはいかにチルに素早く近寄り、適切な作戦タイミングを発動させるか。この時点で役割分担が決定をする。理力使いは地脈を探り作戦ポイントの把握。戌士は敵の観測と作戦開始の見極め。鋼腕剣士は落石とナショナルネットを用いた囮部隊との連絡。そのため崖上部隊はクレージュが薬品で感覚を強化し、囮部隊の全員がありったけの感覚補強用の薬品を投与しチルに備えた。  かくして冒頭のシーンになる。  Wishを初めとする囮部隊は足下がおぼつかない斜面で身を隠そうともせずチルをいち早く発見しようと、索敵をしている。Wishは手に握られている大型ナイフを心許なく思う。おそらくこの小さな刃では敵に通じないであろう。もっともこの作戦でナイフをふるっての近接戦闘になったら負け確定なのだが。  「……崖上部隊より入電!敵、発見!。こっちに向けて迫ってきているぞ!」  天道が全員に警句を放つ。  「9時の方向だ!」  北を0時として9時は丁度西になる。全員が西に向かうとたしかにチルの巨体が迫っているのが見えた。  「各員、状況を開始しろ!」  天道が命令をし、チルに向けて背中を見せて逃げ出しはじめた。思惑通り斜面はチルの移動力を殺しているがこちらの移動力も又殺していた。背中越しに徐々に迫ってくるのがわかる。  「どうにかしろ、戦争屋!これはお前の得意分野だろう!」   「良し、敗走慣れしてる私が実践的なアドバイスをやろう」  「おお、それそれ、そういうやつだ」  「わき目も振らずに逃げろ」  「くたばれ、馬鹿野郎!!!」  ストレスの限界に来た黒埼が山崎に向けて言葉を放つ。山崎も又いらついた声で応じた。もっともWishとこの3人は古くからの友人なのでこの程度の言い合いは日常茶飯事なのだが。  「来ました!!」  刀岐乃が大声を出した。あらかじめ決めていた作戦予定ポイントだ。あとはタイミングのみだった。  「5!」  全員が大声を出す。  「4!」  「3!」  「2!」  声はもはや悲鳴!地面を蹴り上げる一歩が遅くてたまらない。もっと早く、もっと鋭く、もっと確実に!!  「1!!」  Wishは前に飛んだ。  「いっけぇ!!」  後は轟音が支配をする領域だった。崖上部隊が落とす岩によって山津波が引き起こされ土石流が発生をする。土石流はチルを飲み込み崖下へと雪崩落ちていく。チルの壮絶な最期に全員が息も出ない。  しばらくたった後だった。チルが上がってこないことを確認すると全員が合流をした。沸き上がる歓声。このときほど生きていることを実感した瞬間はないと全員が思った。  その後急いで戦場から離脱。追撃はなく、無事に山岳地帯の縦走は完了。待っていた脱出機に乗り込みになしを後にした。そのとき全員は見た。になしの半分が一人の金髪の男によって消滅される様を。  圧倒的な力。今まで地べたを這いずり回って、土砂に塗れていた自分たちとは大きく違う強大さ。  「……負けたか。」  誰かが呟くのをWishは聞いた。そう、私達は負けたのだ。これで二連敗。しかも自分たちは姫を守りきれなかった。  もう負けない。負けてたまるか。今は地面を這いずり回って、汚辱を啜っていようと必ずや次こそ勝ってやる。  決意も新たに脱出機は越前の方向に飛び去っていった