「クレージュ、なんか見つかったか?」 「んー、今のとこはまだ」 電宮の中の、様々な書籍が山積みになった一角でクレージュと心太がなにやら調べ物をしていた。 「はい、七夕に関する記述のある本はこれで全部のはずよ」 Wishが山積になった本の上にまた数冊の本を重ねた。 「ありがとうございます、Wishお姉さま〜」 「でもなんだっていきなり七夕に関する資料をあるだけ見せてくれなんて話になったの? もう終わってるのよ?」 Wishの言うとおり、すでに7月7日は過去の日付となっている。 「閑羽ちゃん、泣かせてもーたんや」 「話の流れで七夕の話題が出たんですけど、お姉さまの言う通りもう終わってるでしょ? 閑羽さま、ずいぶんショックだったみたいで」 「それで何か方法がないか探してるの?」 「そうです〜」 「なるほどね。じゃあがんばってるキミたちにお茶でも淹れてあげましょうか」 「えっ、いやあの」 「そ、そんな気ぃ遣わんでええから、仕事戻ってぇな」 「そうですよ、お姉さまじゃなきゃできないお仕事いっぱいあるでしょう?」 「……」 「ここはボクたちだけで大丈夫ですから」 「せや、早く摂政さま手伝ったらな、倒れてまうで」 「それもそうね。じゃあ、後でお菓子でも差し入れて上げますから、がんばって」 「はーい」 「まかしときー」 Wishの背中を見送って、クレージュと心太は心のそこから大きく息を吐いた。 数時間後。 「七夕の資料を調べていると聞いたが?」 本の山の隙間を縫って、仮面の男が現れた。 「あ、佐倉さまー。そうなんですよー」 「あらかたの事情はWishから聞いた。とりあえず休憩にして食事をとってこい」 「あ、もう昼まわっとる?」 「早く行ってやれ。食事当番が片付かんと嘆いてるぞ」 「ああ、悪いことしちゃったかな」 「急ごう」 「今日の食事当番、不破さまだっけ?」 「あー、あの人のウデは見事なもんやからなあ。って、ほんま急がんとおかずなくなってまうで」 「ああ待って心太ー」 心太とクレージュの背中が廊下の角を曲がって見えなくなったことを確認すると、佐倉は散らばった本を重ねなおし、迅速に片づけが行えるように下準備を整え始めた。 しばらくして食事を終えた二人が戻ってくると、佐倉の姿はすでになく、既読の資料と未読の資料がきちんと分けられていた。 「さすが佐倉さま…」 「っと、感心してる暇ないで。閑羽ちゃんまだ落ち込んどったからな」 「そうだね。がんばらなきゃ」 「あれ?」 再び資料検索を始めようとしたクレージュが何かに気がついた。 「こんな本あったっけ?」 それはほかの資料よりも古びた表紙の本だった。 「んー、見た覚えないなあ。とにかく読んで見たらどうや?」 「そうだね」 ぱらりとページをめくると、古びた紙に七夕の起源を綴る文章が現れた。 「んー、これも物語り中心の本かなあ」 「お、目次ついとるで」 「えーとなになに。『七夕の起源』『天の川』『織姫・彦星』『七月に七夕を行う地方』『八月に七夕を行う地方』…」 「これだ!」 心太とクレージュが同時に叫んだ。 クレージュの手がぱらぱらと本をめくり、目的のページを開いた。 「んーと。『七夕は一般に七月七日とされているが、地方によっては八月七日に行うところもある。その理由については地方により様々ではあるが〜』」 「8月7日やな?」 クレージュが記述を読み上げすばやく心太がメモを取る。 「この日に改めて七夕やな」 「まだ日にちがあるから笹とか短冊とか用意してちゃんとした七夕ができそうだね」 「はよ、閑羽ちゃんに教えたらな」 「その前にお片づけ」 「……せやな」 「これは私の出した本じゃありませんよ?」 夕食の席で、例の本を手にWishが言った。 「えー、電宮の本棚のじゃないってくろさまが言うからてっきりお姉さまが出してくれた本だと」 「誰かほかの人の持ち物が混ざったのかしら?」 「そういえば、佐倉さん来たな」 「じゃあ佐倉さまのかもー」 「ん? 呼んだかね?」 タイミングを計ったように、食堂にマントの男が現れた。 「ああ佐倉さん。これ、あなたの本ですか?」 Wishが古びた表紙の本を佐倉に示す。 「ああ、すまない。どこへやったかと思っていたんだ」 言いながら佐倉は本を受け取りそれをマントの中におさめた。 「佐倉さんのやったんか。でもおかげで助かったわ」 「ありがとうございますですよ〜」 「礼を言われるようなことをした覚えはないが…」 「ほら、席につけー。冷める前に食えー」 食事当番が声をかけて、食卓に湯気が立ち上った。 「なるべく古そうな紙をあるだけくれなんて言うから何するのかと思ったら」 縁側で涼む佐倉の隣にまりあが腰を下ろした。 「わざわざ七夕の資料書き付けて製本して資料の山に紛れ込ませとくとはね。そこまで行ったら手の込んだイタズラじゃないの?」 「ああ、わたしはイタズラをしただけさ。それがどうかしたかね?」 仮面のせいで佐倉の表情ははっきりとはわからない。ただ口元には満足げな笑みが浮かんでいた。 中庭に、子供たちのはしゃぐ声が響いていた。