情報戦用・事前準備 爆撃機の映像が繰り返し繰り返し、そのモニターには流れている。 越前をあわや崩壊に追い込んだ赤オーマの爆撃機。黒埼は、その映像が繰り返される度に拳をきつく握りしめる。もはや拳は血の気を失って真っ青になっていた。 今のところ情報戦くらいしか脳の無い越前の弱さを露呈した戦いだった。的になることがわかっている肝心の総司令部に、防御用の戦力がまったくいないなど、本来であれば正気の沙汰ではない。 だがしかし、この国とその国民はそんなことで今更方向を変えるような国ではなかった。 それになにより、越前には自負があった。例え結果が大敗で、他国に支援をしてもらったと言っても。この国は、敵に情報戦を成功させた唯一の国なのだ、という自負が。 発想は間違ってはいない。情報戦を最大限に活かす道があるはずだ。 その日から黒埼の苦悶の日々が始まった。 電子妖精の基礎データ構築。総合データベース文殊の開発、敵データの解析から外交交渉まで次々とタスクを自分に課し始めた。もはや自分を責めていると言っていい、鬼気迫る働きぶりであった。そしてまたそれらは、全て根底である一点につながっていた。すなわち、情報戦による、リベンジ。それ一点である。 戦場における情報戦は、それ単体で使用した所であまり意味がない。実行戦力を伴った所で攪乱を行うことでより効果的な戦果を発揮する。ならば、他国の実効戦力と歩調を合わせ、国内の参照データ網を整備し、電子妖精で効率よく情報を摂取し、もって敵のデータを的確に解析する。すべて情報戦の一点につながっているのだ。すさまじいまでの執念であった。 /*/ 「さて。あらかた終わったな」 そういうと、黒埼は端末を待機モードに移行させた。電子妖精の開発こそ間に合わなかったがやるべきことはすべてやった。分析したデータ含め、必要なデータはすべて宇宙に送った。 瞼の下に黒々としたクマを作りつつも、黒埼は満足気な笑みを浮かべていた。 「さて、しばらくブドウ糖ともお別れかな…」 行き詰った時などに自分を助けてくれたブドウ糖の塊を口に放り込んで黒埼はそうひとりごちる。 宇宙行きの船のペイロードはそれほど多くなく、無駄なものを持って行くスペースはほとんど ないからだ。 「そういえば…」 今朝方に宇宙行きの荷物リストの最終許可を求められていたのを思い出した。 机の上にある紙を取り出してみる。ざっと目を通し、問題ないかと摂政印を手に取ったその時。 「これは…!?」 思わず目を丸くする。 様々な戦闘物資のリストの下の方に赤丸で最優先物資の指定があった。 そこに書かれているのは「ブドウ糖」の文字。 「あいつら……」 誰がリストに手を加えたかおおよそ検討がつくが、そこに藩王印までついているとなれば、これは善意を受けないわけにはいかないだろう。 「まったく。……やってくれる」 黒埼はにやりと笑みを浮かべると勢いよく摂政印をリストに打ちつけた。 「今日は気持ちよく眠れそうだ…」 そう言って黒埼は、宇宙行きの前の最後にして、そして何日ぶりかの睡眠を取ったのであった。