【オペレート行為】刀岐乃@越前藩国 これまで、散々コパイとしてI=Dに乗ってきた刀岐乃にとって、オペレーターという仕事は 正直気が乗らなかった。実のところ、やることが大きく変わっているわけではないのだが、戦場の最前線で戦うI=Dに直接乗って戦うのと違い、オペレーターとして後方で友軍を支援することは、自分だけ安全な所にいるようで何となく気がひけたのだ。 だが、そんなことを思っていられるのは戦闘がはじまる前までだった。 オペレーターは、ただ上から来た命令を前線に伝えるだけではない。 現代戦において情報の重要性は言うまでもないが、それらの分析、戦域の把握、戦場全体を見渡した上での戦術の提案や、援軍を求める部隊があれば、戦場のバランスを把握した上で支援を回すかどうかを決めることすら、オペレーターが決めなければならない時がある。 けして近視眼的な考え方で務まるものではなく、常に冷静さを保ち、先の先を読んだオペレートが必要とされる。味方一機の損害で済んだコパイに比べれば、むしろずっと重い責任を負っているのだ。 そしてこれだけ複雑化した戦闘において、オペレーターがいないということは、戦場で目や耳を奪われたに等しい。それだけ重要な仕事であるということをあの激しい広島戦で彼女は自覚したのであった。 その証拠に、今回の戦いでは彼女は事前の準備にも相当の時間をかけた。広島からの帰りの船の中で初めて戦術書に目を通し、オペレート時の声の出し方まで練習し、各国のI=Dデータを再確認したりと、戦闘前にできそうなことはなんでもやっている。 そして今回。予備まで含めた通信回線の確保、彼我の配置情報や地形情報。空中戦ということで、当日の上空の天候データまで揃え、まさに万全を期してこの戦いに臨んでいた。 これでどんな事が起きようと冷静に対処できるはず、と刀岐乃は少しの自負すら抱いていた。 しかし。 「…きのちゃん?もうすぐ作戦開始だよ、大丈夫?」 「…あ!?え?」 唐突に掛けられた声に刀岐乃は面食らった。今、どんなことにも冷静に対処できるなどと思ったばかりだというのに。 傍らで声をかけていたのは、同じくオペレートを担当する椚木閑羽。刀岐乃よりも少し年下の可憐な少女である。 どこかに気負いがあったのだろうか。閑羽は、何度か声をかけていたらしいのだが、刀岐乃は掛けられた声にまったく気がつかなかった。 「ご、ごめん、シズハちゃん…」 「こんな時にぼんやりできるなんて、ときのちゃんはオオモノだねー」 こちらこそ戦闘前とは思えないような可愛らしい声で言うと、閑羽はクスリと笑みをこぼした。 「あ…」 その笑顔を見て、刀岐乃の中で何かが吹っ切れた。 そうだ。無駄に気負っても、視野が狭くなるだけ。コパイでいた時は、こんな風に自分を追い込んでいただろうか。 予期せぬことは「必ず」起こる。要はその時に動揺しなければいいだけのこと。 そう思うと、不意にパッと視界が開けたような、肩が軽くなったような気がした。 「…ありがと」 「え?」 「…ううん、なんでもない。さっ!そろそろ作戦開始だよ、席着いた着いた!」 「???」 きょとんと首を傾げる閑羽の背を押して自分の席に着かせる。 と、その瞬間、けたたましい警報の音が鳴り響いた。敵が警戒網に引っかかったのだ。 刀岐乃は急いで自分の席に戻ると、ヘッドセットの位置を直す。 「全軍第一種戦闘配備!状況を開始する!」 「了解!」 そしてオペレータールームは行き交う通信の喧噪に包まれる。