●護民官   遥か昔。長靴の国で、貴族と平民の差異を嘆いた平民側の代表として、護民官という名を冠した官職は生まれた。 それは最初、正規の手続きも踏んでいない、ただ人々の願いからでっちあげられたにすぎない官職であった。 時は移りアイドレス世界。 ここに、遥か長靴の国の時代から受け継がれた、護民官という名のアイドレスがある。 行政組織に所属するも吏族と異なり、不正を正すという役割を持つが法官ともまた異なる。 それは人の持つ善なるものをただ世に知らしめんがための、ただそれだけの官職であり、 平時には何の特権も、何の役得もない。仮にそれらを与えようとしても、彼らは見向きもせずに去っていくだろう。 彼らに与えられているのは、身分を示す官服と警棒、そして議事堂だけである。官服も警棒も、そこに護民官がいると 示す以上の何の権威もなく、ただそれだけの飾りにすぎない。 彼らは立派な官服や支給された警棒、議事堂にも誇りを持っているが、 それは、それを用意してくれた人々に対する感謝と敬意の念からであり、 官服も警棒も議事堂すらも、本来必要としてはいない。 彼らにとっては彼らを必要とする人々の声と、それに応えんとする自身の心意気だけがあれば、それで十分なのだ。 その視線は遥か遠く、自分たちの不要となった世界を夢見ているかのようであり、 物腰は亡羊として底を掴ませない。そして平時は常に笑顔を絶やさず、 いつも市井の人々に交じって、その話を聞いている。 しかし、一度人々の悲しみの声を聞けば、 猫も犬も越え、千の夜を越えてなおその声のもとに参じ、その心に従って、声を擁護するために帆走する。 人が起した過ちを人の手で救うために。あるいは、人の人たることを示すために。 人の弱さと強さを見つめ、他が為に我をいとわず走る彼らをして、人々はこう呼ぶ。 すなわち―――「慈悲のアイドレス」と。 彼らは、自らが不要となる瞬間を待ち望みながら、今日も走り続ける。 ●法官 人は弱く、低きに流されやすい。その中で秩序を保ち続けることは本当に難しい。 法官はそれがいつの日か成されることを信じ、日夜努力し続けるアイドレス界における法の番人である。 絢爛たる法官服を纏い、杖と法典を掲げ吏族が見つけた不正を明らかにし、裁きを告げる。 その裁きは厳正にして一片の妥協もなく、その鉄面皮と睨みあったならば、 伝説の悪党や一国を預かる胆力を持つ藩王ですらたちまち震え上がると言われている。 正義を成し、不正を正すため国の中にありながら国を断じることも厭わず、 法に基づいて裁きを下す彼らには、厳しい審査が課されその適性が試される。 そうして幾重にもわたるその審査を突破した一握りの者だけが、法官の資格を得て、 栄光の法官アイドレスを纏うことを許され、法官服と儀仗を授かる。法官になった後も、 その階級は法の理解度と法官の徳によって階級がわかれ、その階級によって法官団は厳密な組織化がされている。 もっとも、彼ら自身は階級は階級として重んじつつも、それにとらわれず、 日夜法の理解を深めるため活発な議論を交わしあっている。 常に不正に目を凝らし、過ちを正す正義のアイドレス、それが法官である。