状況は最悪と言えた。  すでに指揮系統は崩壊。各藩国の部隊は各自で生き残るために抗戦する以外にない状況となっている。  そんな中、越前藩国の部隊は、ただ、決死のタイミングを計っていた。  戦力として重要な理力使いも、サイボーグも充分な数がいるとは言えない。ゆえに、最高のタイミングで火力を集中させるほかなかった。  混戦状態での待ち伏せ。一見無謀に見えるこの作戦を、後ろ立てる理由はふたつある。  ひとつは、作戦前夜に数名の戌士が見た「予知夢」である。  内容は、連携不可能な混戦、すなわち自軍の部隊だけでの敵との抗戦。そして迫り来る敵の恐るべき機動力と破壊力。  それを聞いた藩王、セントラル越前の対応は早かった。予知夢に適合する場所を探し出し、になし藩国に許可を得るが早いか否か。わずかな時間の中でトラップを作らせた。簡素ながら地形の要素もあいまって、効果は十分であるように思えた。  だが、それだけでは戦えない。  どのような状況で、どのように敵と抗戦することになるかわからない状態では、せっかくのトラップも意味を成すかどうかはわからないのである。  警報が鳴り響き、状況の報告が入った瞬間、部隊の面々は戦慄した。  報告を聞くや否や指示を出す藩王。それを聞くが早いか飛び出すが早いか。鋼腕剣士黒埼を中心に、総勢十五名の戌士が、互いに適切な距離を保ちながら動き出した。 「作戦開始だ。我らも出るぞ」  そして、藩王セントラル越前も、自らサイボーグ部隊と数名の戌士を引き連れて出陣。 「さて、じゃあ行くか」  そろそろ昼寝から起きるか、というような声で言うと、ゆるは残る理力使いと、数名の戌士からなる部隊を引き連れて動き出す。この部隊は年若い者と初陣の者が多い。表情が硬いものも、同様に多かった。  理力使いの中ではいちばん経験のあるSEIRYUは、仲間たちにほんの少しだけ表情を和らげてみせると、言った 「大丈夫、勝てるさ」  戌士を中心とした部隊は「偵察小隊」である。  戌士たちは黒埼を中心とした分度器のような布陣を敷き、五感のすべてを使って敵の気配を探った。  周囲は戦況ももはや届かない混戦状態。  戌士たちは待った。  彼らはいついかなるときも、「不安定性無気力症候群」という持病を抱えて生きている。生死をかけた戦場ですら、いつ萎えるともしれない意識を奮い立たせているのだ。全員が切り札<コンセントレーション>と戦闘用治療薬を服用している。  研ぎ澄まされる感覚。  やがて、布陣の中で六十度のあたりにいた刀岐乃は、その気配に気づき、耳をぴんと逆立てた。両隣の四十八度と七十二度の戌士に合図を送る。  瞬く間に全戌士が黒埼の下へと集まり、黒埼はナショナルネットを使って、敵の位置を仲間に転送した。 「来た」  敵の位置を受け取ったゆるは、理力使いたちに指示を出す。  彼らは「射撃小隊」である。 「撃て!」  指示された位置へ、理力使いたちは一斉に、射程距離も精度も半ば無視した砲撃を放った。 時間にしてわずか三秒の一斉射撃。その第一射を終え、着弾地点に目を凝らす。  そこには確かに、敵の影があった。体長十メートルはあろうかという巨人。巨人は一瞬たじろいだようだったが、どちらから撃たれたかはすぐに察したらしい。深い森の中にあってなお、木々をなぎ倒し、すさまじい機動力で迫ってくる。平地であったならばわずかの間もなく接近されていたかもしれない。  息を呑む一同。 「第二射、構え!」  再び砲撃がはじまる。  「偵察小隊」は敵の位置を捕捉しながら、「射撃小隊」との合流をはかる。が、索敵のアドバンテージで離した距離がみるみるうちに縮まるほどに、敵は速かった。  そして、この部隊に与えられた役目はまだ終わっていない。これだけの数の、感覚に優れる戌士をこの部隊に編成した理由、それは次の瞬間にある。 「今です!」 「ここだ!」 「よし!」 「わおーん!」  数瞬のずれはあるものの、ほぼ同時に、戌士たちが黒埼に合図を出す。  黒埼は即座に再度ナショナルネットへ接続、およびメッセージを送った。 「――第二段階、開始」 「来たか!」  藩王とサイボーグの戦士たちは、ネットからの通信を受け取ると、もはや合図の必要さえなく、それぞれの得物を振り下ろした。  「偵察小隊」が無事合流すると、「射撃小隊」は後退しながらの射撃に戦法を切り替えた。森と森にはさまれた窪地を横切り、さらに向こうの森を目指す。  その間にも、巨人と小隊との距離は確実に縮まっていた。窪地を抜けたころには、その巨体の構造までもが確認できる位置まで接近されている。偵察の精度がわずかでも低ければ、すでに部隊は巨人に蹂躙されていただろう。  だが、今は若干の余裕をもった距離のもと、巨人と向かい合うことができている。  森を抜けた巨人が、窪地に足を踏み出した。下はまるで、常に水につかっていたかのような、ぬかるんだ地面。人であれば多少歩くのに手間取るであろうそこも、巨人の前ではなんら障害にはならない。  ――だが、そこに本来あるべきものがあったならば、話は変わる。  巨人が森と森の間の半ばを駆け抜けようとしたとき、森を縦断する窪地に、轟音とともに大量の水が迫った。堰き止められていた、優に川幅七十メートルを超える大河の水は、さながら龍のごとく巨人に襲い掛かる。  巨人は転ぶことこそなかったが、その水量に耐え切れず足を取られ、膝をつく。  水のタイミングが早すぎれば意味を成さず、あるいは自分たちが水に飲み込まれていただろうし、遅すぎれば「偵察小隊」はおろか、「射撃小隊」も成すすべなく壊滅していただろうことは言うまでもない。 「今だ、撃て!」  ゆるが叫び、「偵察小隊」の戌笛が吹き鳴らされる。「交戦開始」の合図である。 遮蔽となる木々もなく、十分な距離まで接近しての砲撃は巨人に着実にダメージを与えていた。  だが、火線の集中で立ち上がることもままならない中で、巨人は四つん這いのまま河を渡り、這い上がらんとする。それを阻止すべく、黒埼とゆる、そして戌士たちは果敢に白兵戦を仕掛ける。  そうして戦線を維持できたのもわずかの間のこと。巨人は確実なダメージを耐え切って、川岸に両腕をかけた。させじと切りかかる戌士たちに、巨人はその豪腕を振り上げた。  振り下ろすだけで、小柄な戌士の数人は肉塊と化すだろう。誰もが息を飲んだ、その刹那。  一閃の銀光が走り、巨人は拳を目標へと振り下ろすことができず体勢を崩した。  振り向いた男の、フェイスガードの奥から、はっきりと声が響いた。 「待たせたな、皆の者」  越前藩国藩王、セントラル越前その人である。  その怪しげな風貌をちょっとかっこいいと思ってしまい、部隊の半数近くがなんだか悔しい気分になった。 「は、藩王だ、藩王が来てくれたぞ!」  ノリがいいのか本当に感動したのか。誰かが叫び、部隊は半ばやけくそな歓声を上げた。 「者ども、かかれぃ!」  少し気を良くしながら、藩王が腕を振った。天道をはじめとするサイボーグ剣士たちが、一斉に巨人へと襲い掛かる。  河から半身を上げた巨人は、この増援によって完全に挟撃を受ける形となった。前後左右からの攻撃と、射撃の援護を受け、さしたる抵抗もできずに崩れ落ちる。 「とどめだ!」  ここぞとばかりに、気合一閃。藩王セントラル越前の刃が巨人の眉間に突き刺さる。倒れ伏した巨人は、二度と動くことはなかった。 「討ち取ったりぃー!」  明らかに調子に乗った掛け声を上げ、確実においしいところを奪うその姿に、一同は少し理不尽な思いに駆られた。  しかしそれでも悪い気分はしないあたり、この男、やはり王としての器をもっていると言えなくもないのである。  何はともあれ、我々は生き残ったのだから。    ―了―