「越前藩国の日常1・〜制服少女にご用心!?〜」 「ど、どうかな?」 まだ糊のきいた新品制服に袖を通した刀岐乃は、照れ笑いをうかべながら服の裾を伸ばした。 マントと制服のスカートが、風にそよいで揺れる。 「うんうん、いいね。よく似合ってるよ」 「うん、オレも似合ってると思うよ」 灯萌とRANKが笑顔で言った。 刀岐乃が着ているのは、白地がベースのゆったりした、越前藩国には珍しいデザインのワンピース。 先に帝国宰相府から届いたある通達の成果でもある。 先の戦から間もない時期に「制服公募」と銘打たれて届いた宰相府通達は閣僚達を困惑させたが、 いつもの通り藩王越前の、「面白い、やってみるか」の鶴の一声で、 この制服コンペへの参加が決定した。 刀岐乃が着ているのは、一次予選として藩国内で公募をかけた中で勝ちのこり、 越前藩国推奨案として出展が決定しているデザイン案の実物である。 なぜ彼女がというと、このコンペの参加条件として、デザイン案と、 藩国民がモデルとして実際それを着た写真が必要ということで、 刀岐乃がそのモデルに選ばれたのであった。 写真撮影を前に、実際にデザイン制服に袖を通した彼女は浮かれて、 ちょうど公園で子供達の面倒を見ていた仲のよい灯萌と、 あとは(刀岐乃の主観的には)なぜかその場にいたRANKに 制服を着た姿を見せにきたのであった。 「ほ、ほんと?よかった〜!」 「うん、あ、ちょっとその場で回ってみて」 ストレートな二人からの賛辞に、はにかんだ照れ笑いを浮かべながら刀岐乃は 灯萌の言葉に応えてその場で片足を軸にひらりと回る。 遠心力でふわふわの髪の毛とスカートの裾がふわりと持ち上がった。 「こんな感じかな・・・?」 このしぐさに、かわいいものに目がない灯萌は、 は、はうあと言ってよろけた。思わず抱きついてキスの嵐をお見舞いしそうになるのを ガマンガマンと心に言い聞かせて踏みとどまる。平常心を保つためとりあえず思ったこと を口にする。 「でもとっきーはいいよわねぇ。私だとそういうの似合わないからうらやましいな」 しかしそう言われて刀岐乃は困った顔をした。 日頃からうらやましく思っている人物にうらやましいと言われるのは複雑であった。 「そ、そんなことないと思うけど・・・うーん、トモ姉大人っぽいからな〜。 たしかにこういうのは似合わないかも」 そう言いながらもさらに複雑な気分になる刀岐乃である。 灯萌とはほんの少ししか歳は変わらないのに、彼女ときたら、 男がいたら十人中十人は振り返るような美人であった。 しなやかな黒髪が二房背に流れる姿は凛としていて、旅くらしというものの 肌には染み一つなく白く透き通るよう。細身の割りに出るとこは出ているしで、 ありていに言って刀岐乃的理想のスタイルであった。 そう、彼女ならこの制服だって、もっとずっとうまく着こなしてしまうに違いない。 そう思うと段々もやもやした気分になるのを自覚した刀岐乃は、 そんな思いをふりきるように、改めて自分の着た制服に目をやった。 先頃から越前藩国で頭角を現してきた新進気鋭の技族にしてデザイナー、 さらに神職者でもあるという才女、朱居まりあ女史によるデザインの制服は、 斬新でありながら、着る者のことがよく考えられた繊細な一品に仕上がっている。 しかし、刀岐乃にはただ一点気になっていた所があった。 「こういうスカスカしたの着たの始めてだったから、その、なんだか、す〜す〜するね」 刀岐乃はそう言うと、割と短めのスカート部分の裾をつまんでひらひらさせた。 これに思わず反応してしまったのがRANKだった。悲しいかな男の性か、 RANKの視線は刀岐乃のスカートの裾の動きに翻弄されるように行ったり来たりした。 「あんまりひらひらすると危険だよ?・・・ねえ、RANKくん?」 めざとくその視線に気付いた灯萌が意味ありげにRANKに話を振った。 RANK、気付かれたと内心狼狽しつつ、視線を明後日の方に外して咳払い一つ。 「こほん、あー、そ、そうですね」 「・・・貸し一つ」 ぼそりとした灯萌の呟きに、平常心を著しく奪われて冷や汗が一筋伝うRANKである。 灯萌を見ると、刀岐乃に見えない角度でぺろっと舌をだしているから始末が悪い。 最近の彼女は、今ひとつ進展のないこの若い二人をくっつけようとしつつ、 遊んでいる感があった。もっとも被害を受けるのは大抵RANKの方だったが。 つくづく女運の悪いRANKである。 一方、RANKを困惑させる元凶たる刀岐乃は、なんことだかわからず 「え、何が」といいながら、ひらひらと言うよりはむしろスカートをバサバサさせた。 RANKは度重なる誘惑に目を白黒させながらも、今度はスカートから見える太股に 目が行きそうになるのだけは必死でこらえた。 だが、RANKの女難はまだ終わっていなかった。 「まあ、とっきーは普段たいてい短袴にスパッツとかだもんねー。新鮮、だよね〜。 ねえ、RANKくん?」 灯萌がそう言うと、追い討ちをかけるように、 刀岐乃が上目遣いでRANKを見だしたのである。 「RANKくんは、その、いつもより、こういう方がいいのかな・・・?」 頬を赤らめ上目使いにそう言う刀岐乃に、思わずドキリとするRANK。 普段と違う刀岐乃の態度に心を激しく乱されるも、落ち着け、と自分に言い聞かせる。 これはチャンスかもしない。RANKは悪戯好きな刀岐乃(もっともRANK限定で) によく追い掛け回されていたから、これを機会に被害が減らせないかと 身も蓋もないことを考える。 刀岐乃にスカートがいいと答えたらどうなるかシュミレートしてみる。 (いつもスカートなら、少しは追いかけられる回数減るかな・・・) などと色気のかけらもない計算が脳裏をよぎった瞬間、RANKの足に激痛が走った。 「い・・・っつ!!なにす!・・・う!?」 灯萌が思いっきりRANKの足を踏んでいた。しかも笑顔を刀岐乃に向けたまま器用に。 その灯萌の横顔になにかしらの危機を感じたRANKは、 痛みやら何やらをもう全部無視して即座にこう答えた。 「どっちも似合ってるから、迷っちゃって!それはもう、ちょ〜迷っちゃって!!」 「そうよね〜、いつもの格好も可愛いもんね〜。・・・それでいいのよ」 最後に灯萌のつぶやきが聞こえた気がしたが、RANKはこれを聞かなかったことにした。 しかしここに至り、天啓のように唐突に、RANKはあることを確信した。 罠だ。これは罠だ。俺はこの場にいたら、死ぬ。 大げさにもほどがあるが、RANKとしては大真面目な結論であった。 RANKは、神様、俺何か悪いことしましたっけと天を仰いだ。日が傾きつつあるのが見えた。 神はいた。少なくともRANKにはそう思えた。そろそろ撮影開始の時間であった。 「・・・あ、そういえば写真撮影の時間もうすぐじゃない?まだ時間大丈夫?」 何気なく言うと、果たして効果は抜群だった。 「あ、ほんと、もうこんな時間だ!じゃ、行ってくるね」 刀岐乃が手を振ってきびすを返すのを確認すると、RANKは内心で大きく安堵の吐息を漏らした。 しかし、そのことに密かにRANKは自己嫌悪した。何も悪いことはしていないのに、何故だか ひどく悪いことをした気分になりつつ、RANKは刀岐乃の後ろ姿を見送った。 その時だった。 灯萌が、 「走って転んで怪我したりしないようにね〜?」 と言ったのに律儀に反応し、刀岐乃が振り返りながら、 灯萌に手を振ろうとしたのだ。 RANKは嫌な予感がした。 「大丈夫、大丈夫!・・・うきゃっ」 案の定、刀岐乃は思いっきり前方にある石に足を引っ掛けていた。 兵士としてのRANKは優秀である。嫌な予感がした時には咄嗟に足が出ていた。 だが、さすがに距離がありすぎた。このままでは僅かに届かない。 「男になってこ〜い!」 だがそれを灯萌が補った。前に出たRANKを後ろから突き飛ばしたのだ。 RANKは滑り込むように刀岐乃に向かって飛んだ。 気がつけば刀岐乃はRANKの腕の中に納まっていた。 「大丈夫か?」 まっすぐ刀岐乃と目を合わせながらRANKはそう言った。 「あ・・・」 普段はゆるくて、優柔不断でも、こういう時のRANKの声はひどく男らしかった。 灯萌が後ろで密かに親指を突き立てる。その表情は、やればできるじゃないと言っているよう にも見える。「貸し二つね?」と言っているように見えたのは多分、見間違えであろう。 刀岐乃はぽ〜っとした表情で、RANKの目に見とれていた。 そこに水を差したのは灯萌である。 「ほらほら、何いい感じになってんの。早く行かないと遅れちゃうんじゃない?」 「だってあれでくっついちゃったら私の楽しみがなくなっちゃうじゃない」 とは後の本人談話であるが、それはさておき。 しばし見つめあっていた二人は、その言葉でぱっと身を離した。 「あ・・・ありがとう。もう、大丈夫だから」 「あ、ああ、そうだった。早く行ってきなよ」 二人は目をそらしたまま、ぎこちなくそう言いあった。 刀岐乃はわざとらしく制服のほこりを払うしぐさをすると、 「・・・こほん。じゃ、じゃあ、トモ姉も心配かけてごめん。行ってくるね」 さすがに今度はゆっくり歩いてその場から離れる。 なにかやるせない思いを抱えつつ、RANKはそれを見送っていると、 不意に刀岐乃が振り返った。 「RANKくん、さっきは褒めてくれてありがと。あと、助けてくれて。 その・・・かっこよかったよ?」 輝くような笑顔でそう言うと、不意に刀岐乃は顔を赤くした。 そして、さっき転びかけたことも忘れたように、じゃ、じゃあと 手を振ると今度こそ、その場を駆け去った。 RANKもまた赤面して、見送るのも忘れてその場に固まっていた。 ひどく疲れた。嵐が去ったような気分だった。 だが、なぜだかその疲れは刀岐乃の 笑顔で全部帳消しされたような気分になっていた。 あの笑顔が見れるんなら、まあ、少しくらい悪戯されてもいいかな。 そんな風に思いながら、RANKは少し暖かくなってきた初春の風に ふっと呼気を乗せた。 春の訪れも待ち遠しい、そんな季節のお話。 ・・・と、その場は綺麗に収まったが、その後RANKが 「貸し二つ♪」と連呼する灯萌と、それに便乗して 「か〜しふったつ♪」を唱和する子供達になけなしの給料から 死ぬほどお菓子をおごらされたのは、まあ、どうでもいい話である。